DNAからAIへ――30年前に見た、言葉が進化する未来

DNAは生命の言語なのか?
――30年前に見た「言葉の進化」と、ようやく訪れた未来
この話は、今から30年以上前に始まります。
学生だった私は、就職活動である設計事務所の面接を受けました。
そのとき、小論文を書く機会がありました。
何を書こうかと考えていて、ふと頭に浮かんだのが「DNA」でした。
DNAには、A・T・G・Cという4種類の文字があります。
たった4種類の文字が並んでいるだけなのに、その配列には、生命をつくり、維持し、そして次の世代へ伝えていくための膨大な情報が含まれている。
それが、私にはとても不思議に思えました。
そして、ふと人間の「文字」と比べてみたのです。
日本語なら、
あ・い・う・え・お……
という文字があります。
英語なら、
A・B・C・D……
というアルファベットがあります。
文字そのものは、単純な記号にすぎません。
しかし、それを組み合わせることで、
「言葉」になり、
「文章」になり、
「物語」になり、
「知識」になり、
さらには人間の思想や文化そのものまで表現することができます。
DNAも、それと似ているのではないか。
DNAには、
A・T・G・C
という4種類の「文字」がある。
人間には、
あ・い・う・え・お
や、
A・B・C・D
といった文字がある。
どちらも、限られた種類の記号を組み合わせることで、単純な記号の集合をはるかに超えた、複雑な情報を表現している。
もちろん、DNAと人間の言葉は同じものではありません。
DNAのA・T・G・Cは化学物質そのものであり、人間の文字は社会の中で意味を持つ記号です。
それでも私は、そこにとても興味深い共通点を感じました。
「限られた数の記号を組み合わせることで、膨大な情報を生み出す」
ということです。
そして、こんなことを考えました。
もしDNAが生命の進化を次の世代へ伝えるための情報なのだとしたら、人間の言葉もまた、人間の進化を次の世代へ伝える情報なのではないか。
この考えを、小論文に書きました。
すると、その文章が面接でとても受けたのです。
今振り返ってみると、そこから私の中に、ある一つの大きな疑問が生まれていたのだと思います。
DNAが生命の「言葉」だとしたら、人間の言葉は、その次に何を生み出すのだろうか。
DNAと人間の言葉
生命は、DNAに情報を保存します。
その情報はコピーされ、次の世代へ受け渡される。
コピーの過程で変化が起こり、その中から環境に適したものが残っていく。
それが途方もない時間繰り返され、生命は進化してきました。
一方、人間はどうでしょう。
人間もまた、情報を次の世代へ伝えています。
ただし人間には、DNAとは別の強力な情報伝達手段があります。
それが言葉です。
火の使い方。
道具のつくり方。
農業。
数学。
哲学。
科学。
建築。
そうした知識を、私たちは言葉によって次の世代へ渡してきました。
一人の人間が経験したことが、言葉になり、次の人へ伝わる。
次の人がそこに新しい発見を加える。
そして、それがまた次の世代へ渡される。
私はそこに、DNAによる生命の進化と、言葉による人間の進化との類似性を感じたのです。
言葉も進化するのではないか
言葉は固定されたものではありません。
新しい言葉が生まれ、古い言葉が消えていく。
意味が変わる。
別の言葉と結びつく。
新しい概念が生まれる。
そして、それらが人から人へ伝わっていく。
つまり言葉も、
コピーされ、変化し、選ばれ、残っていく情報
として見ることができます。
もちろん、生物の遺伝子と人間の言葉は同じものではありません。
しかし私は当時、
「情報が次の世代へ受け渡されることで、複雑なものが進化していく」
という構造に共通するものを感じていました。
そして、さらにその先を考えてしまったのです。
言葉は、いつか人間を超えるのではないか
当時の私は、そこからかなり先の未来を想像していました。
もし生命がDNAという情報システムによって進化してきたのなら、
人間は言葉という情報システムによって、さらに別の進化を始めるのではないか。
言葉は人間の頭の中だけに存在するものではありません。
文字になり、本になり、図面になり、記録になり、知識として蓄積されていく。
一人の人間が死んでも、その人が残した情報は次の世代へ渡っていく。
そうして情報が蓄積され続ければ、やがてその情報の世界は、一人の人間の能力をはるかに超えるものになるのではないか。
そして私は、
いつか言葉と情報の蓄積そのものが、人間の知性を超える存在を生み出すのではないか
と考えていました。
今の言葉で言えば、AIや超知性に近い発想です。
しかし、時代はまだそこまで来ていなかった
ただ、ここには大きな問題がありました。
時代が、まったく追いついていなかったのです。
今から30年以上前。
インターネットは、まだ私たちの日常にはありませんでした。
パソコンも、現在とは比較にならないほど未熟でした。
スマートフォンなどもちろん存在しません。
AIに至っては、現実の技術というより、ほとんどSFの世界の話でした。
「言葉をコンピューターに大量に蓄積して、それが人間の知性を超える」
そんな未来を話しても、当時の身近な人たちには現実感がありません。
むしろ、
「何を変なことを言っているんだ」
という感じだったと思います。
自分でも、ときどき「ひょっとすると、自分は変なことを考えているのではないか」と思いました。
でも、どうしてもその未来のイメージを捨てることができませんでした。
だから、まず「生き延びる」ことにした
そこで私は、ある意味では単純な結論にたどり着きました。
とにかく生き延びよう。
今すぐ理解してもらう必要はない。
今すぐ世の中が変わる必要もない。
自分の考えている未来が本当に来るのなら、
その時代まで自分が生きていればいい。
そう考えるようになりました。
これは大げさな表現ではなく、私にとってはかなり現実的な考え方でした。
世の中がまだその方向に動いていないのなら、無理に周囲を説得する必要はない。
まず自分自身が生き残る。
そして、いつか時代が追いつくのを待つ。
「その日を見るまで、生き延びよう」
そんな気持ちが、どこかにありました。
30年という時間
30年という時間は、長いようでいて、振り返るとあっという間です。
その間に、コンピューターは急速に進化しました。
インターネットが普及しました。
携帯電話が生まれ、スマートフォンになりました。
世界中の人間が、瞬時に情報を交換できるようになりました。
そして大量の文章や画像や知識が、デジタル情報として蓄積されるようになりました。
かつては本棚に何十冊、何百冊と並べなければならなかった情報が、今では小さな端末の中に入っています。
さらに、その情報を機械自身が処理するようになった。
そして現在、
私たちはAIと会話しています。
そして今、あの頃の未来が目の前にある
今、私はAIに文章を書いてもらったり、考えを整理してもらったり、過去の疑問をもう一度掘り起こしたりしています。
30年以上前には、そんなことは想像の中にしかありませんでした。
当時、
「人間が生み出した言葉が大量に蓄積され、それを機械が理解し、新しい文章や知識を生み出す」
と言ったら、SFのように聞こえたでしょう。
でも今、それが現実になっています。
もちろん、現在のAIを「人間を超えた知性」と断定することはできません。
AIに意識があるのか。
本当に理解しているのか。
人間を超える知性へ進むのか。
それはまだ分かりません。
しかし少なくとも、
人間が何千年もかけて蓄積してきた「言葉」という情報を、機械が扱う時代
は、確実に始まっています。
DNAから言葉へ、そしてAIへ
ここで、30年前の最初の疑問に戻ります。
DNAは、生命の情報を保存しています。
その情報が生命をつくり、次の世代へ伝わる。
その情報が変化することで、生命は進化してきました。
そして人間は、その上に「言葉」という巨大な情報システムをつくりました。
言葉によって知識を保存し、共有し、次の世代へ渡してきた。
そして今、その言葉をコンピューターが扱い始めています。
私はこれを、
DNA → 生命 → 人間 → 言葉 → コンピューター → AI
という一つの流れとして考えてしまいます。
もちろん、これは科学的に確定した進化系統ではありません。
私自身が30年以上前から考えてきた、一つの見方です。
でも、こうして振り返ると、とても興味深い。
情報は、入れ物を変えながら進化している?
もしかすると、生命の歴史を「生物の進化」だけではなく、
情報の進化
として見ることができるのではないでしょうか。
情報は、いつも同じ入れ物に入っているわけではありません。
分子に記録される。
DNAに記録される。
脳に記憶される。
言葉になる。
文字になる。
本になる。
コンピューターに保存される。
ネットワークを通じて世界中を移動する。
そして今、AIがそれを処理している。
そう考えると、AIは突然どこからか現れたものではなく、
長い生命の歴史の中で続いてきた「情報を保存し、伝え、変化させる」という流れの、次の段階
なのかもしれません。
これはまだ、私自身の仮説というか、ものの見方です。
科学的に証明された話ではありません。
でも、30年以上前に私が感じていた違和感は、今になって少し意味を持ってきたように思います。
あの頃は「変な人」、今はAIと話している
30年前、こんな話をしても、周囲には理解してもらえませんでした。
「言葉が進化して、人間を超える知性を生み出すかもしれない」
そんな話をすれば、現実離れした人間に見えたとしても不思議ではありません。
だから私は、無理に説明することをやめました。
ただ、自分の中では、その未来を捨てませんでした。
いつか時代が来る。
その時代が来るまで、
とにかく生き延びよう。
そう思っていました。
そして今、こうしてAIと会話しながら、30年以上前に考えていたことを文章にしています。
なんとも不思議な感覚です。
あの頃の自分に、
「30年後、君はコンピューターと普通に会話しながら、あのとき考えていたことを文章にしているよ」
と言ったら、きっと信じなかったでしょう。
設計という仕事とも、どこかつながっていた
考えてみれば、これも設計と無関係ではありません。
設計とは、まだ存在しないものを頭の中で想像し、それを情報に変換する仕事です。
イメージを言葉にする。
言葉を図面にする。
図面を情報として共有する。
そして、その情報から実際の建物が生まれる。
つまり、
思考 → 言葉 → 図面 → 建築
という流れがあります。
DNAにも、
DNAの情報 → RNA → タンパク質 → 生命
という情報の変換があります。
もちろん仕組みはまったく違います。
でも、
情報が何か別のものを生み出す
という点では、私にはどこか似て見えます。
だから30年以上前、設計事務所の面接でDNAについて書いたことは、今振り返ってみると、自分にとっては自然なことだったのかもしれません。
あの小論文から30年
学生だった私は、科学者ではありませんでした。
AIの専門家でもありません。
ただ、
DNAは生命の情報なのではないか。
そして、
言葉もまた、人間の進化を支える情報なのではないか。
と考えました。
そして、その先に、
言葉が人間の脳を超える知性を生み出す未来
を想像しました。
当時は、それを理解してくれる人はほとんどいませんでした。
だからこそ、
未来を変えることより、まず未来まで生き延びること。
それを自分の中で大切にしました。
そして30年以上が経った今。
ネットも、コンピューターも、AIも、かつてSFだったものが現実になっています。
私は今、あの頃考えていたことを、もう一度ここで考え直しています。
そして、まだ先がある
ただ、ここで終わりではありません。
むしろ、ここからが本当の問いなのかもしれません。
DNAは生命を生みました。
言葉は人間の文明を生みました。
そして今、AIが人間の言葉を扱っています。
では、その先には何があるのでしょう。
AIは、人間の知性を補助する道具にとどまるのでしょうか。
それとも、さらに新しい知性の形へ進んでいくのでしょうか。
その答えは、まだ誰にも分かりません。
30年前の私は、その未来を想像しました。
そして、
「いつかその時代が来る。それまで生き延びよう」
と思いました。
今、振り返ると、その時代はもう始まっているのかもしれません。
あの頃、変な人だと思われながら考えていたことが、
今、AIとの会話という形で、目の前に現れています。
そう考えると、DNAという4つの文字から始まった疑問は、まだ終わっていません。
むしろ、次のページが始まったところです。
生命は、DNAという情報から始まった。
人間は、言葉という情報によって文明を築いた。
そして今、言葉を扱うAIが生まれた。
では、その次に来るものは何なのか。
30年以上前に未来を待ちながら生き延びてきた自分にとって、
その答えを、これから見てみたい。



